東国三社

2015.07.16 Update
2010.3.24 Create

東国三社とは

千葉県東北部から茨城県東南部にかけて、「東国三社」と呼ばれる神宮二社、神社一社があります。 香取神宮(千葉県‎香取市‎)、鹿島神宮(‎茨城県鹿嶋市)、息栖神社(茨城県神栖市)。
特に香取、鹿島の二神宮については、創建時に神宮と呼ばれたのは、他には伊勢神宮のみであり、格式の高い神社であることがわかります。 これらの三社を参拝することを「東国三社参り」と呼ばれて、現在もおこなわれています。

東国三社について書かれているページは多いので、こちらのページでは、他のページでは書かれていないことを中心に作成しています。

 

東国三社と富士山

東国三社の鹿島神宮・香取神宮・息栖神社は建っている場所を結ぶと、ほぼ直角三角形になるというのはよく知られています。

鹿島神宮・香取神宮・息栖神社の位置関係は、実際に計測してみると、ぴったり直角三角形ではなく、少し誤差があります。

この三社が実は、富士山を意識して建てられているということは、あまり知られていません。

(1)鹿島神宮

本殿は北面していますが、神社の本殿は南面もしくは東面するのが基本なので、珍しいです。 本殿に参拝したとき、直角右手方向が富士山になります。

(2)香取神宮


鹿島神宮と対になるかのように、本殿が南面します。 そのため、本殿に参拝したとき、直角左手方向が富士山になります。

(3)息栖神社


そして、息栖神社は西面します。西面する神社というのも珍しいのですが、本殿から見て正面方向がぴったり富士山になります。

富士山への方角が、息栖神社は正面に位置するのに対して、鹿島神宮と香取神宮では正面ではなく側面(90度)になりますが、諏訪大社本宮でも同じように神体山が側面に位置するように、側面90度というのはエネルギーを取り込むときによく使われる角度です。

代表的なのは出雲大社で、本殿は南面しますが、内陣は西面するという構造を持っています。また、鹿島神宮の内陣も側面を向いています。
鹿島神宮、香取神宮、息栖神社を一社ごとに見ると、本殿の向いている方向がどういう意味になるのかわかりにくいですが、三社がセットになっていると考えるなら、赤線方向にある富士山のエネルギーを三社で取り込む構造になるのだと考えるなら、意味も通じてきます。

そして、鹿島神宮と富士山を結ぶ直線上には、江戸城天守閣があります。

(4)江戸城天守閣


こちらの図でみると、離れているように見えますが、鹿島神宮と富士山の間の距離は約185Kmなのに対して、江戸城でのずれは200m程度なので、比率では0.1%程度誤差でしかありません。
上図ではちょっとわかりにくいかもしれませんが、天守閣の建っていた土地の角度と赤い線が一致します。
また、香取神宮と富士山を結ぶ直線上には、徳川家と縁の深い増上寺があります。

(5)増上寺


こちらも、一見するとラインから離れているように見えますが、ずれは150m程度なので、やはりこちらも誤差の範囲です。また、東京タワーもライン上にあるのが大変興味深いです。

ラインと交差するのが、東京プリンスホテルですが、ここはかつて徳川家の霊廟があった場所です。

書籍「鹿島神宮」の著者で鹿島神宮の元宮司の東実氏によれば、かつて冬の晴天の日には、鹿島地方から富士山が見えたとのことですから、これは明らかに富士山を意識しています。
ただ、現代では、千葉~東京地方のスモッグのため、正月などの都心部の空気の綺麗な時でないと難しいと思います。

富士山から見たとき、東国三社の先の海から太陽が登ってくるのは、概ね5月の第一週の期間になり、鹿島神宮をはじめとして、香取神宮、息栖神社と約10日間にわたり、日の出レイラインを形成します。逆に、東国三社から見て、富士山の頂上に日没する(ダイヤモンド富士)のは、それから約6ヵ月後の11月の第一週ころになります。

2011/6/17

東国三社の鹿島神宮について調べるなら

鹿島神宮について調べるのであれば、鹿島神宮のかつての宮司である東実氏が書いたこちらの書籍は必読です。

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書名:鹿島神宮<改訂新版>
著者:東 実
出版社:學生社(学生社)
ISBN-10:4311407173
ISBN-13:978-4311407178
価格:1,900円(税別)

学生社 鹿島神宮<改訂新版>
http://www.gakusei.co.jp/tetugaku.htm
鹿島神宮の社務所で売っています。
また、Amazonからも購入できます。

 

香取神宮・息栖神社と他の東国三社関連の神社を調べるのであれば、こちらの本がお勧めなのですが、残念ながら、現在絶版となっているようですので、図書館に行けばあるかもしれません。

Amazonなどで、古本として購入することはできますが、資料性の高い本なので、元の価格からするとかなり高くなっているのが残念なところです。出版元のページを紹介しておきます。

白水社 日本の神々 ―神社と聖地― 新装復刊[全13巻]谷川健一編
http://www.hakusuisha.co.jp/collection/kamigami.php

2015/7/16

東国三社と古代の海岸線

※以下の図は、学生社の書籍「鹿島神宮」から引用させてもらいました。赤い下線は、私の方で追記したものです。
この図をみると、鹿島・香取が、かつては内海(西ノ流海、流海、安是湖)を挟んで面していたことがわかります。

2010/03/24

東国三社と海

香取神宮、鹿島神宮、息栖神社の三社の神は海からやってきたという言い伝えがあり、三社とも海に面して鳥居があります。

(1)香取神宮

(2)鹿島神宮


(3)息栖神社


海とのかかわりと言っても、現在ではいずれも内陸に位置する神社なので、利根川沿いだったりして、わかりにくかと思いますが、古代の海岸線の図(上図)でみると判ります。

 

鹿島神宮の海鳥居

鹿島神宮・香取神宮は今でこそ内陸に位置する神社ですが、かつては海に面していました。
そのため、神様が上陸したとされる海岸に鳥居があり、そのまま海に出られるような構造でした。
初めて行った時の写真が手元にないので、学生社の書籍「鹿島神宮」から引用します。

IMG_3142

その後、中央の通路は、コンクリートでふさがれて、2012年に行ったときは、こんな感じになりました。この頃は防波堤の向こうに海が見えおり、防波堤を乗り越えて海に出ることができたのですが、

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2015年に行ったときは、東日本大震災の影響もあり、防波堤が高くなって、神様が海から上陸したという言い伝えを伝えにくいものになってしまいました。

津波の侵入を防ぐというのは、生活を守る上では大切なことなので、致し方ありませんが、神様が上陸してきたという言い伝えを感じにくい状況になったのは残念ですね。

(参考)

鹿島市 平成23年(2011年)東日本大震災 被害状況
http://city.kashima.ibaraki.jp/info/detail.php?no=5249

2015/07/14

鹿島神宮元宮 沼尾神社・坂戸神社

鹿島神宮元宮は沼尾神社と坂戸神社なんですが、鹿島神宮に詳しい人でないと知らない場所です。2007年に行ったのですが、人知れず良いところです。

入り口はこんな場所で、元宮があるところとは思えない、当時は看板もありませんでした。

進んでいくと、草ボウボウ。本当にこっちなのか心配になる。

さらに進むと、だんだん暗くなってくる。

草をかき分けて、奥まで進むと・・・ 鳥居が見えてくる。

そして、拝殿はこちら。

その奥の本殿はこちら。

ここは、木々が自然のドームのようになっていて、鹿島の奥宮らしい雰囲気がある。

鹿島神宮のもう一つの奥宮の坂戸神社は、比較的アクセスしやすい。

表から見る。


拝殿は鳥居の奥。


そして、本殿。

そして、鹿島神宮にある元宮遙拝所。

鹿島神宮に参拝する人は多いのですが、手水舎左を入ったこの場所に気が付いている人はとても少ないです。

行くのであれば、奈良の春日大社と、鹿島(+元宮・奥宮+海岸鳥居)・香取(+奥宮+海岸鳥居)・息栖の東国三社を行くのがお勧めです。
三社を巡るのには、車が一番良いです。電車&タクシーはあまりお勧めできません。
また、電車で行くとしても、鹿島神宮駅はともかく、香取神宮駅で降りてはいけません(笑)なにも無い駅なので、香取神宮まで、約3Kmをとぼとぼと歩く結果になってします。隣の佐原駅からタクシーで香取神宮に行くのがお勧めです。

2015/07/10

 

東国三社の大元の神社はどこか?

東国三社の歴史を調べていくと、鹿島神宮(古くは、香島神宮)、香取神宮は、二社が45度の角度で配置されており、しかも両社との接点とも言える神社に、大戸神社があります。大戸神社から見れば、真東の春分・秋分ラインに、香取神宮、息栖神社、夏至の日の出ラインに鹿島神宮が位置しており、歴史的に見ても、鹿島・香取・息栖の三社は、大戸神社が起点となっていることがわかります。


上図では、60度のラインと45度のラインが鹿島神宮の前でクロスしていますが、どちらのラインも鹿島神宮の敷地内を通っており、誤算の範囲と言え、鹿島神宮への60度のラインは要石に、45度のラインは本殿に向いているとすればかなり小さい誤差(0.5%程度)になるので、非常に正確です。


鹿島神宮 要石

東国三社というと、三社が直角三角形に配置されているということを聞きますが、息栖神社の北へラインを引いてみると、鹿島神宮の敷地からは外れており、そういう位置関係を強く意識したという印象はありません。むしろ上図の太陽のラインを意識した配置の方が、非常に正確な位置関係になります。

太古の時代において、精密な測定機器もないのに、そんなに正確に位置関係を知ることができるのか?という疑問もあると思います。しかし、方法はあります。太陽の運行は、毎年正確に訪れるので、太陽を毎年観測していれば、60度や45度、90度といった、正確な方位を測定することが可能です。

2012/02/29

大戸神社

鹿島・香取・息栖の三社は以前から参拝しているのですが、大戸神社はまだ行ったことがなかったので、雨の降る中いってきました。

場所を、グーグルマップなどで探す時は、「大戸駅」をキーワードにすると探しやすいです。JR成田線大戸駅から南南東に約820mの位置にあります。

地方の神社だし、鹿島の元宮などを連想していたので、小さい神社だろうと想像していたのですが、行ってみると地方の神社としては大きな神社です。

拝殿、本殿とも大きく、また場の空気から地元の人に大切にされている神社であることが分かります。そして、エネルギー的にも強く、東国三社の元宮であることが認識できます。

佐原・香取周辺の神社として、おすすめです。JR成田線大戸駅から徒歩で約1Kmですから、電車でも行くことができますね。車では駐車場はないですが、3台分くらいの駐車できるスペースがあります。

2012/04/04

東国三社 鹿島神宮レイライン

これまで、東国三社の位置関係が富士山や太陽などのレイラインであることを書いてますが、鹿島神宮の日の出ラインもとても印象的です。

夏至の日の出が大戸神社になることは、既に書いていますが、冬至の日の出ラインは、ぴったりと、筑波山の山頂に重なります。東国三社(鹿島神宮、香取神宮、息栖神社)の立地位置の関係は、富士山や太陽のラインを強く意識しているのがわかります。

2013/01/25

 

東国三社の息栖神社はどこにあったのか?

東国三社のうち、香取神宮・鹿島神宮は古くから現在の場所に建てられていたといわれています。一方で、息栖神社については、古くは現在地より東の地にあり、現在地に移転してきたということが言われています。

ところが、FloodMapを使って見てみると、以外なことが見えてきます。

上図は、FooldMapで、海面を9mに設定したもので、青いのが水域、白いのが陸地になります。Floofmapの四角の一辺は50mくらいになっているので、大雑把な陸地を示していますが、ちょうどその中に、息栖神社の本殿と社務所が入ります。周囲は、海域なので、海域のなかにポツンとある島のように見えます。

ここが、ちょうど東国三社のうちの息栖神社になるということを考えると・・・

ここからは、想像ですが: そもそも、息栖神社は、上記の島状の陸地にあったものが、台風などの影響で倒壊し、一時的に東の方の陸地に移転していたのだが、その後元の土地に戻った。

と考えると、東国三社のそれぞれの立地の色々なことがつながっていきます。

というのも、大戸神社から香取神宮、息栖神社までのラインと、大戸神社と鹿島神宮要石、香取神宮と鹿島神宮本殿間のラインは、非常に正確なのに対して、 息栖神社と鹿島神宮の南北ラインは、他のラインに比べて誤差が明らかに大きいという特徴があります。

となると、息栖神社は大戸神社・香取神宮ライン上にそもそも位置すると考える方が自然ではないかと思います。

つまり、神社のラインとしては、精度的に見て、

大戸神社 ‐ 香取神宮 ‐ 息栖神社 (東西の春分、秋分線)
大戸神社 ‐ 鹿島神宮要石 (夏至の日の出ライン)
香取神宮 ‐ 鹿島神宮本殿 (45度のパワーライン、あるいは鬼門ライン)

という3つラインを形成しており、たまたま息栖神社と鹿島神宮が南北のラインの近い場所にあったと考える方が、自然なのではないかと思います。

2013/01/19

東国三社 鹿島・香取・息栖トライアングル

息栖神社は、社伝によれば、現在地に立地する前は、東南に位置する日川地区にあったと、言われています。

香取市在住の方によれば、鹿島・香取・旧息栖神社は、正三角形になるのではないかということなので、香取・鹿島間の距離約13Kmをベースに正三角形を描いてみました。

一辺約13キロの正三角形を書いてみると、概ね日川の中に入ります(厳密には日川から少し外れるのですが、古代の地名なので、概ね入るでもいいかと思います)が、正三角形の頂点は、古代では、海の中になるので、島や海岸の痕跡が欲しいところです。

また、ほかのラインが太陽や富士山をはっきりと意識しているのに対して、正三角形の角度が、香取-鹿島のラインが45度になる以外は、天体などと関わる角度になっていないように見えるのが弱いところです。

息栖神社を神社本庁のデータで調べてみると、茨城・福島に14社ありました。

息栖神社は、1社しかないというわけではないので、昔の人は、複数の息栖神社を纏めて、イキス・オキスと呼んでいた可能性はあります。

●息栖神社(いきすじんじゃ)
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314-01 茨城県鹿島郡神栖町息栖2882
旧常陸国 鹿島郡    鹿島支部 07156
【祭神】岐神 (配祀)天鳥船命 住吉三神
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960-11 福島県福島市永井川字宮ノ下24
旧陸奥(岩代)国 信夫郡    福島支部 01135
【祭神】岐神 天鳥船命
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311-31 茨城県東茨城郡茨城町中石崎526
旧常陸国 茨城郡    東茨城支部 02040
【祭神】上筒男命 中筒男命
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311-34 茨城県東茨城郡小川町山野966
旧常陸国 茨城郡    東茨城支部 02091
【祭神】岐神 天鳥船命
- - - - - -
311-31 茨城県東茨城郡茨城町下土師1432
旧常陸国 茨城郡    東茨城支部 02154
【祭神】表筒男命
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319-03 茨城県東茨城郡内原町下野新田234
旧常陸国 茨城郡    東茨城支部 02172
【祭神】底筒男命 中筒男命 表筒男命
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319-03 茨城県東茨城郡内原町鯉渕1115
旧常陸国 茨城郡    東茨城支部 02177
【祭神】天津兒屋根命
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319-02 茨城県西茨城郡岩間町福嶋448
旧常陸国 茨城郡    西茨城支部 03126
【祭神】神功皇后 (配祀)表筒男命 中筒男命 底筒男命
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311-01 茨城県那珂郡那珂町中台1
旧常陸国 那珂郡    那珂支部 04045
【祭神】氣吹戸主命 天照大神 猿田彦命 鹽土翁 上筒男命 中筒男命 底筒男命 角建彦命 角建姫命
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314 茨城県鹿島郡鹿島町明石399
旧常陸国 鹿島郡    鹿島支部 07067
【祭神】岐神
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311-21 茨城県鹿島郡大洋村二重作1010
旧常陸国 鹿島郡    鹿島支部 07096
【祭神】岐神
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311-38 茨城県行方郡麻生町矢幡1573
旧常陸国 行方郡    行方支部 08001
【祭神】氣吹戸主 (配祀)大己貴命 蛭子命 (合祀)水波女命
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315-01 茨城県新治郡八郷町川又1274
旧常陸国 新治郡    新治支部 10088
【祭神】底筒男命 中筒男命 上筒男命
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319-01 茨城県新治郡八郷町宮ケ崎1-イ
旧常陸国 新治郡    新治支部 10191
【祭神】上筒男命 中筒男命 底筒男命 (配祀)大日靈命 大物主命 面足命 惶根命
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一部祭神が異なるものもありますが、概ね、
・岐神(=船戸神=衝立船戸神)
・天鳥船命
・住吉三神(オリオン三連星)
のいずれかになっており、海運と関係するので、息栖神社の本社は、古い名前の沖洲という、沖にある低い島で、航海の目印になっていたと思われます。

(参照文献)

神社本庁 平成祭データCD-ROM
入手方法など、詳しくは、神社本庁(http://www.jinjahoncho.or.jp/)にお問合せください。

2013/01/25

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