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名前と字画

2010.5.5作成

カウンセリングにおいて、名前の字画について、時々聞かれるのですが、字画というのは、名前が持っている力のうち、ごく一部を表しているに過ぎません。
名前が持っている力(あるいはエネルギー)というのは、色々とあって、私の場合はそれら全体で判断します。

・名前の漢字1文字それぞれが持っている意味
・名前の漢字1文字それぞれの字体
・名前全体の漢字的意味
・名前全体の漢字的字体バランス
・名前全体の音声的な力、バランス(言霊的とも言う)
・名前のひらがな表記
・名前のローマ字表記

さらに付け加えるなら、
・名前全体の漢字的字画(数)

こうしてみると、字画というのは、名前の力を構成する要素のほんの一部でしかないことが分かります。なので、字画だけで判断するのは正しいとは言えないと考えています。
でも、上記の項目の中で、字画というのは、数字で表されるため、一般的にはとてもわかりやすい、一方でその他の項目というのは、判断するのが少々難しいという側面があります。なので、世間的には字画というものがクローズアップされてしまっているのだと思います。

日本の場合、漢字が中国から輸入されるまでは、字がなかったので、「音(おん)」が意味を構成する重要な要素でした。つまり音が同じであれば、意味が同じということです。
出雲系の神様でいうと、オオクニヌシ=大国主になりますが、大国はダイコクとも読めるので、大黒様というヒンドゥー教の神様と同一視ということが起こります。
今からすれば、ずいぶん強引な結びつけに思えるのですが、日本語はそもそも「音」がメインだったので、こういうことが起きるわけです。

なので、古い神社の名前などをしらべてみると、当て字的な名称(音を漢字で置き換えただけなので、意味的な事柄は希薄)の神社が結構あります。
また、日本を代表する富士山の表記についても、過去において様々な表記がされており、

富士(続日本紀)、 不死(竹取物語)、福慈(常陸風土記)、布士・不尽・不自・不時・不二(万葉集)、普慈、富慈、富知

などが記録にあります。
こうしてみると、名前において「画数だけ」を判断要素とするのは、少々無理があると思えます。
むしろ上記の項目全体で判断すべきで、最終的なチェックとして画数を使うのであれば意味があると思います。

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